廃藩置県のあとに生まれた琉球藩

1871(明治4)年、廃藩置県が行なわれたことにより全国のすべての藩は消滅しました。

ところが翌年、琉球藩という1つの藩が新しく誕生しました。

琉球王国は15世紀初めに生まれて中継貿易の基地として繁栄を極めていましたが、地位が次第に低下していき、薩摩藩に征服され従属することとなりました。

ただ、薩摩藩の支配は間接的なものであり薩摩藩の完全な領土とはされず、琉球王国は以前から清国とも密接な関係だったため、薩摩藩、清の両国により支配されることになります。

その後、琉球王国が欧米列強に取られかねない状況となり、明治政府は琉球が日本の領土であることを清国に認めさせようとします。

しかし強く反発した清国と激しく対立したので、1872(明治5)年9月、日本は強硬手段をとり琉球王の尚泰を藩主として琉球藩を設置して政府の直轄地とし、日本の領土としました。

さらに琉球藩の高官に琉球処分を命じ、琉球政府がそれを拒否し続けたので武力で琉球処分を強行、琉球藩を消滅させ沖縄県を設置し、国王は首里城から追放されました。

琉球王国はこのようにして滅亡しましたが、その後も琉球の帰属をめぐり清国との対立は続き、1894(明治27)年の日清戦争勝利により、正式に日本帰属が確定したのです。