日本の領土となった小笠原諸島

小笠原諸島は、東京の南南東約1000キロメートル離れた太平洋上に浮かんでいる30余りの島々です。

この島が最初に発見されたのは戦国末期、信州深志(現・松本市)城主の一族であった小笠原貞頼によるという説があります。

発見者の小笠原氏にちなみ、小笠原諸島という名前がつけられたそうです。

しかし、この説には関する確かな記録はなく、記録上ではオランダ人が江戸初期にこの島を初めて発見したとされています。

江戸幕府が難破船の乗組員の報告で、この島の存在を知るのは17世紀の半ばです。

報告を受けた幕府はさっそく調査をおこない、無人島(ぶにんとう)と名付けました。

江戸末期になると欧米人が捕鯨船の基地として島に目をつけて定住し、やがてイギリスが領有を宣言します。

アメリカのペリーから、イギリスが島を占領しようとしていることを知らされた幕府は焦りを感じ、役人を派遣して小笠原原嶋という名前に改称し、日本の領有だと宣言し移住希望者を島に送り込み開拓を進めました。

日本の行動に対する混乱はそれほどなく、イギリスが抗議するも争いにまでは発展せずに、その後これが既成事実となって1875(明治8)年のイギリスとの会談で日本の領土と認定されたそうです。